シャトー

トゥール・ドゥ・ミランボー

全ての始まりはこのシャトーから

シャトー・トゥール・ドゥ・ミランボーはデスパーニュ家で8世代にわたって代々引き継がれてきた歴史ある領地です。オディールとジャン=ルイ・デスパーニュの代になって、このシャトーのワインの評価が一気に高まりました。固い絆で結ばれたこの二人が、今日のデスパーニュの名声の基礎を築いたと言えます。

ミランボーの塔は昔、風車として使われていました。結婚式の翌日からこの二人がここに住むこととなり、家族が増えて手狭になるまで一家全員で暮らしていました。ですからこの塔は楽しい夕べやワイワイと打ち解けた雰囲気の象徴でもあります。

場所はアントル・ドゥ・メールの中世都市であるローザン村で、地下の石灰層に流れる水が徐々に形成した洞窟が有名です。

オディールとジャン=ルイは冒険のある旅に好んで出かけ、その地その地で出会った人々を頼りにアフリカを数ヶ月間旅行して回ったりしていました。精一杯生きて夢を叶える、それが彼らの生き方でした。

chateau tour de mirambeau
chateau mont pérat

モンペラ

モンペラへの挑戦

«ル・ペラ»は、コート・ドゥ・ボルドーに位置し、1780年からワイナリーとして存在してきました。総面積は100ヘクタール以上と壮大な面積を誇っており、シャトーはブドウ畑に囲まれています。1780年に建てられた後、火災に見舞われましたが、1920年に再築されました。塔と醸造所が隣接されているこのシャトーは高台に位置し、ブドウ畑を一望することが出来ます。

1998年にデスパーニュ家が目をつけた当時は、かなり建物も畑も老朽した状態でした。しかしテロワールの魅力とポテンシャルに惹かれ、購入を決意。そこでテロワールの多彩な魅力に貢献しているこの土地の4つの丘(フランス語で«モン» )を象徴させようと、«シャトー・モン・ペラ»と命名したのです。

隠れた財宝を探して磨け

ブドウ畑は21世紀の基準に引き上げるため(高密度栽培・テロワールの特長に合わせた品種の選択など)、全ての植え替えが必要でした。400箇所にわたる地質調査と、40の大規模な地層調査を実施。15年をかけたワイナリー大改造計画のために、各耕作地の精密な地図を作成しました。

次に重要な点は、畑に点在する急斜面の水の管理でした。一番高い所で114メートル、低いところで63メートルと、起伏激しい斜面を有する畑の水をどう管理をすべきかを把握せねばなりませんでした。

結局18年かけて大改造を終えた今日、ティボーと妻のアンそして子供たちは、想像を超えた豊かなブドウの実りを目にしながらモンペラの畑を散歩するのが何よりの幸せです。

それと同時に、1920年に建設された醸造所の設備改良も行っています。現代のワイン造りに欠かせない、重力の方向に従ってブドウを取り扱う仕組みや、ブドウの粒をできるだけ無傷に選定できる設備、醸造樽倉庫などです。更に上を目指す、それが私たちの強い意志です。

ベレール・ペルポンシェール

大胆不敵な両一家の遭遇

ドルドーニュ地方の北アングランの谷を見下ろす高台に居を構えるこのシャトーの歴史は16世紀に遡ります。“ベレールと名付けられる以前は、ぺリゴール地方サルラ出身であるペルポンシェール貴族一家が住んでいました。

このペルポンシェール家は世紀を越えて様々な功績を残しています。詩人、外交官、またオレンジ県の王に高く評価される軍人など、一家のプロフィールは様々。ナントの勅令の廃止後、プロテスタント教徒であったペルポンシェール一家はオランダへの強制移住を余儀なくされます。1815年にヘンドリック=ジョージ・ドゥ・ペルポンシェール・セドルニツキーは、ナポレオンを敗北に導くきっかけともなった、ネイ元帥に対する戦術を提案したことで知られ、 ‘’ワーテルローのヒーロー“と呼ばれました。その大胆な発想と行動力を賞して、オランダ王ウィレム1世に伯爵の爵位を贈られます。 

1990年よりバザリンと夫のエリック・グランジェがシャトー・ベレール・ペルポンシェールに住んでいます。ペルポンシェール家の子孫と連絡を取り、シャトー改善修復に関する意向を取り入れながら歴史の温存にも配慮しています。

chateau bel air perponcher
chateau rauzan despagne

ローザン・デスパーニュ

ボルドーの猟師の宿

17世紀にボルドーにやってくる猟師が泊まる宿として使用されていました。ブドウ畑の面積は55ヘクタール。赤白両方のワインを醸造しており、どちらもボルドーのベストバリューワインとして様々な雑誌で紹介されています。今日、ティボーの兄ガブリエルと妻のジョアナが住んでおり、家族の集まるアットホームなシャトーでもあります。

リオン・ボーリュー

ジョエル・第二の故郷

デスパーニュ家の親愛な友で、また同時に共同運営者でもあるデスパーニュの技術部長ジョエル・エリサルド。1990年、彼はティザック・ドゥ・キュートン村に位置するこのシャトーを入手しました。自身でこのテロワールの可能性を信じてのことでしたから、その改善向上に向ける想いはまた特別なもの。もともと10ヘクタールだった栽培面積は22ヘクタールにまで広がり、今日では彼にとって第二の故郷とも呼べる地となっています。

畑・醸造・商品化の全てをデスパーニュのチームと共に行っています。

chateau lion beaulieu

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